ボーヴォワール著生島遼一訳『第二の性Ⅰ』新潮文庫(新潮社、1959年)のことである。「人は女に生まれるのではない。女になるのだ─男の歴史によって創られた女の神話をうち砕き、人間としての存在の確立を説く」。
「「第二の性」は歴史的、哲学的、社会的、性的、あらゆる角度から女の生き方を綿密に検討した新しい女性論である」(生島遼一「解説」ボーヴォワール著生島遼一訳『第二の性Ⅰ』新潮文庫(新潮社、1959年))。
シモーヌ・ド・ボーヴォワール(1908-1986)はフランスの作家、哲学者であり、サルトルの事実上の妻としても知られる。
☞1969年4月13日「「第二の性」もストップしているな」
☞1969年6月22日②「「第二の性」は奥深く並んでいるけれど」
「他人というものが入って来てはじめて、「他者」としての個体を成立させることができる」(ボーヴォワール著生島遼一訳「幼年期」『第二の性Ⅰ』新潮文庫(新潮社、1959年))。
これによって「自己」が自己になるというのが実存主義の基本的な考え方の一つである。
藤田観光は、ホテルやレジャー施設を運営する企業グループである。京都国際ホテルは、藤田観光グループのホテルである。
☞鈴木
☞京都国際ホテル
1969年度の賃金交渉をめぐる春闘で京都国際ホテル労働組合は最初に第一波と称して3時間の時限ストライキを行った。長期化に備え組合員の総決起集会を開くなど態勢固めを行った。
NHK-FM4月10日午前9時00分~:家庭音楽鑑賞「リスト『ポロネーズ第2番』」である。
ハンガリー出身のピアニスト、シフラ(1921-1994)は、とくにリスト作品の演奏で有名。
周囲は、桂川や田園風景のあった前の原田さんの下宿(嵐山)と異なり、民家が密集している地域である。
☞下宿(川越宅)
日記の記述。仕事先の小沢さんという人は、女性である。
以下、「何にもない空っぽと感じていること…」に続く。
☞1969年6月22日「空っぽの満足の空間とでも、何とでも名付けてよい」
☞1969年2月5日「私は詩人になりたいと思うときがある」
寺山修司の評論集『書を捨てよ、町へ出よう』(芳賀書店、1967年)および、同名の演劇作品(1968年)をもじったものである。
『京都新聞』ではなく、『夕刊京都昭和44年4月10日』(夕刊京都新聞社、1969年)の1面である。
『夕刊京都』は、当時京都で発行されていた夕刊紙であり、『京都新聞(夕刊)』とは異なる。1982年に廃刊となった。
4月「9日、京大大学院文学研究科の入試妨害事件で、同大学全学共闘派(反日共系)の学生が使用する目的で持ち込んでいたとみられる、猛毒性劇薬「クロロピクリン」が押収された。昨年2月と6月の成田空港設置反対闘争で使用、警官が重軽傷を負った、その劇薬が京の大学紛争にも登場したわけ。
一方、立命館大ではさる8日の学友会(執行部代々木系)と全共闘派(反日共系)の衝突で、アナーキストとみられる学生がナイフをふり回し切りかかるという事態が起こるなど、大学紛争は過激分子の凶悪化が目立ち、しかもゲリラ戦法を展開するという最悪の段階にはいった」(「大学紛争、凶暴・ゲリラ化へ─劇薬やナイフも登場」『夕刊京都昭和44年4月10日』(夕刊京都新聞社、1969年))。
「山椒魚」は井伏鱒二(1898-1993)の有名な短編小説。ただ小説の中では穴にエビも入ってくるが、ふたりで過すのはカエルの方である。
日記の記述。以下、「私はこれから長い旅路に出かけるのだ」に続く。
なお「大空を飛び交う鳥よ」は、正確な歌詞は「青空とびかう鳥よ」である。
☞1969年4月7日「〝とびかう鳥よ おまえは自由〟」
☞1969年3月31日「パゾリーニは「エディプス王の物語」を彼のエディプス・コンプレックスを克服して作ったという」